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148 宗教と社会的モラル 2
十畳ほどの板の間、その端に神棚が置かれ参拝場所となっていた。不釣合いで異様と思える大きさの太鼓が目にとまった。自宅の一室にある、このような形式をホームチャーチと呼ぶそうだが、市の条例では教会として違反で隣近所から苦情が来ないよう常に気配りをしているとのことであった。昼食をご馳走になり、帰り際「月一回開催されるお祭りに来られては?」と誘われた。「私は宗教をやりにわざわざカナダまでやって来たのではない」と思ったが御夫妻の熱心な信仰心からそれを言い出すことは出来なかった。御主人がカナダへ永住した頃は賭博全盛期で日本人仲間から彼は「ケンピン」と呼ばれ、「おいちょかぶ」が得意で常に勝っていたそうだ。そういえば母に「カナダへ行く」と言ったら、大反対した。それはこの地で「賭博が盛ん」を知っていて巻き込まれたら困ると思ったからである。御主人はその後重症の肺病にかかり闘病生活中、この宗教によって助けられ、それ以来布教活動を始めたそうである。
文化、習慣の違う英国系ホストファミリーのホームステイ先では日々鬱憤が蓄積した。それを解消する為に度々この日本人宅を訪問した。それにつれこの宗教にも関心が芽生え、幼い頃田舎の教会へ参拝したことが蘇ってきたのである。ちなみに私の場合、母の系統を受け継がねばならず、この教会の信者とはならない。従って当教会とは何の利害関係も発生しないのである。しかし御夫妻は損得勘定抜きで本当に心から親切にしてくれた。これが真の宗教家の姿であると思った。
その後、流れに従ってアメリカへ渡りロスアンジェルス伝道庁での研修会を受講することになった。そして帰国した後は本部での講習を経て布教師の資格をも取ってしまったのである。日本に居たならば99%この宗教には関心を示さなかった。親教会や上級教会を見て品のなさや常識に欠けた暗くて活力のない「なんとつまらん宗教だ」と思っていたからである。しかしわざわざカナダまで来て、ご夫妻の温かい人柄、情に触れその思いが変わってしまったのである。
1981年7月、私にオーストラリア大使館から永住のビザが下りた。それからすぐに親教会新築普請の話が持ち上がった。母の頼みで私は大金を寄進することにした。兄と一緒に仕事をしていて、ある商品を開発した。それがヒット商品となり、会社から高給を貰っていた。その預金からかなりの金額を出そうと決心をした。兄も母に頼まれ、この宗教の信者ではなかったのに、私に負けずと競争するかのようにして同金額を出した。以前所属していた、ある会の集いで「善い事にお金を出せば将来必ず数倍になって戻ってくる」と教えられていた。つまり私は将来数倍になるだろうとの期待から、それを試してみる気持ちでもあったのである。
私がオーストラリアに永住する直前、新築話が出て数ヶ月後、この普請が中止となった。ある地元の有力者から土地を提供すると約束をされながらも、教会長夫妻は日々教会の家計を引き締め、長い年月切羽詰った暮らしを強いられる事を恐れて取り止めてしまったようである。「今の贅沢三昧の生活から抜け出せなかったのではないか?」との噂も聞かれた。そして数日後、わざわざ教会長夫妻が揃って私の自宅までその報告にやって来た。
「それで普請寄付金の件ですが」と言う。普請に出したのだから、普請が中止になれば「全額をお返しします」と来るのが普通である。ところが返金に来たのではなく「お金をどうしましょうか?」と聞きに来たのであった。「お金は神様に差し出したのも同然、一旦出したからには返してくれとは言わないだろう」との強い思いが彼らにあったようである。
「兄はどうしましたか?」と聞くと「これから伺うところです」と言う。私は「来週オーストラリアへ永住します。数年後、再度普請の話が持ち上がっても海外から協力出来るかどうか分かりませんので、その時まで預かって欲しい」と答えた。今思うに、この時「神様に出した云々とは考えず」世間並みに厳しく、冷淡に返金を要求していれば、その後不幸の数々は起きなかっただろうと思う。長年三代目教会長を勤め信頼していたからこそ、そのようにした。しかし彼は自由になるお金が身近にあったがために、一般常識である倫理、道徳観をも消失させてしまったのである。
それから数年後、こんな話しが伝わってきた。教会長の長男が大学進学のため入学寄付金としてこの普請金を使ったと言うのである。近鉄沿線にある三流の私立大学への入学だったが新聞でも、この大学は高額の寄付金問題で話題となっていた。信者たちから「長男は学業成績が悪ければ教会本部へ奉職させれば良い」と言われていた。ところが世の中、学歴時代である。見栄とか肩書き、本部でも役職を得る為には一流大学卒が優遇されていると思った。「神様を信仰し奉仕する」と言うより世間並み一般常識の世界へと走ってしまったのである。
「普請話の一件はどうなったのか」まるで詐欺にかかったような気がしてきた。母に尋ねると「当時集めた寄付金すべてがもう残っていない」と言う。ならばあの時、厳しく返金を要求すべきだった。母も母である。「出して欲しい」と頼んだくせに普請が中止になっても「返して貰え」とは言わなかった。私と兄は母の一言でどのようにでもしたのである。母は他の信者に、「私の子供が一番多く出したと思わせ、よい顔をするため、私や兄はどうでも良かったのではなかろうか」とさえ思えてきた。でも母であるし、信仰上のことなので、文句は一切言えなかった。
数年後、この教会長の長男が結婚をした。私はオーストラリアに居たので詳しくは知らなかったが、やがて生まれてきた女の子が通常の健康状態ではなかった。そのあと期待されていた成績優秀な二男が女性関係を苦に列車に飛び込み自殺をした。彼の車が近くの線路脇の道路にポツンと駐車されていたそうである。この宗教では「教会は助けの場所である」と教えられている。教会長の息子が一大事件を引き起こしてしまった。これでは教会は助けの場所どころではない。当時、臭い物に蓋で、新聞で知る以外、教会長はその事件の経緯を詳しく語ろうとはしなかった。数年後、彼に会った時「次々と不幸に見舞われた」と当時の事を思い出し、苦笑いをしただけであった。そして「教会本部では最高指導者がトップの座を息子に譲ったから、私も同じようにする」と言い出した。通常教会長職は死ぬまでが原則で、本部でも同じである。ところが本部でも代えたのだから、私も同じようにすると言うのであった。日々元気一杯の彼だったから健康上のことではない。その理由が分からず首を傾げた。


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プレサーチ【2007/11/23 07:15】





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