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141 マーケットオフィスとの闘い 2 |
ところでこのタクシーバンのドライバーと話をしていたのが、マーケットが雇った40歳代でピーターと言う名のバス乗車係りである。私は所定の場所に駐車した後、まだ延々と話し中であった、この男のもとに行き、かなりきつく言った。「あなたは一体マーケットでどんな仕事をしているのか。車の進行を妨害するのが仕事なのか?」と、この駄目押し抗議がいけなかったようだ。 これ以来、事が起こりだした。ピーターのオフィスへの捏造報告は、マネージャーのジョンとしても、作り話と知りながら、私に対して非常に頭にきた。マーケットを管理している立場にあるスタッフの一員に、一ストールホルダーである私が注意をした。そのこと自体が許せないのである。ジョンにピーターの一件を話すと顔を引きつらせ、手をブルブル震わせ興奮をした。その様子からも伺える。私は決して悪いことはしていない。マネージャーであるジョンこそピーターに正しいマナーを教え込まねばならない立場にある。 マーケット内ではジョンの話題となると顔をしかめるストールホルダーが多い。ランドロード(家主)にせよマネージャーにせよ嫌われ人が多いのは当然で、そうしないとテナントに対してシメシがつかなくなり、やがてはコントロールが出来なくなってしまうと思うからである。でもキツ過ぎるのも程ほどで、私のレストラン時代もそうであったように、このマーケットでもストールホルダーを敵と見なしている傾向にある。彼らはマーケットのオーナーから給料を貰っているように思っているが、実は私たちストールホルダーが払っているのである。それを感謝して欲しいとは思わないが、お互い対等であって欲しい。それを裏社会がやるようにストールホルダーを踏み付けにしては優越感に浸り、横暴三昧、命令ばかりを下していたいのである。 この一件では私の方には法律上からも何の落ち度もない。これほど力強いことはないのである。過去ブログ(31レストラン再開)でも述べたが、今から15年前、オーストラリアでは大手の不動産会社PRDを相手に闘いを挑んだことがあった。この時もこちらが筋を通していったら「何らかの目に見えぬ力が働き」こちらの願い通りになっていった。 どこの豪華マンションや建物、施設のマネージャーでも、この国では何時まで経っても彼らの地位や給料は変わらない。それがバカらしくなってきたのか、ジョンはギャンブルに手を出し始めた。マーケット内でも一躍有名となっていた。それで数年後、行き着いた先がパーキンソン病だったのである。 1996年7月のアトランタ五輪では元プロボクサーでヘビー級チャンピオンのマホメッド アリが開会宣言をした。彼はパーキンソン病で手を震わせ、ロレツの廻らぬ口調で宣誓文を読み上げた。五輪組織委員会は、彼は病苦にめげずがんばっている姿を聴衆に見せるつもりだったらしいが、私は「なんと見っとも無い姿を曝け出した。早く引っ込め」としか思わなかった。彼は現役時代まじめな人生を送って病気になったのなら別だが、彼ほど気儘、我儘だったプロボクサーはいない。アメリカ国民の義務である兵役さえも拒否したのである。以前はカシアス クレイと言って、ほら吹きクレイと呼ばれ、連続チャンピオンとなってからはイスラムの教祖マホメッドを名乗るようになった。この時彼は絶頂期だった。その後音沙汰が無くなり、今回病中の宣誓文となったのである。人間頂点に上り詰めると気儘、我儘ばかりが出て、自分のコントロールすら出来なくなる。有名人が重病等で短命に終わるのは、「生神と崇めて欲しい」と思う心が強くなって、八百万の神々の目にあまり、時期が到来すると、あの世へと引き寄せられてしまうからである。 昨今、世間を騒がしている相撲の朝青龍、師匠で元朝潮のふがいなさも目立つ、自分は大関止まりで弟子を厳しく導くことが出来ないのであろう。とにかく相撲協会始まって以来の不祥事でこんな不恰好な話題はない。朝青龍は「ファンから嫌われる横綱」を目指していたのだという。北の海理事長が現役当時、非常に不愛想だったので、相撲ファンから嫌われていた。それを思っての発言だろうが、朝青龍の場合は横綱としての品格、マナーの悪さが嫌われているのである。将来親方にはなれない素質を十分持ち合わしている。 先日、アメリカ下院議会で日本政府への慰安婦謝罪決議案が通過した。わずか10人程度の同席議員で可決されたそうである。そんな議決自体変だと思うが、それを利用する議員たち、マイケル ホンダ氏(顔立ちから想像するに、彼は日本名を名乗っているが、純粋な日本人血統ではないと思う)を中心とする連中は次の選挙でも勝算を得たのだろう。このことにより日本が特亜諸国からの賠償問題で子々孫々まで窮地に立たされるだろう。「アメリカ議会で可決した」と言われればラップドッグである日本は従順せざるを得ないからである。 前宮沢内閣官房長官であった河野洋平氏は事なかれ主義で明確な検証もせずに談話としてこれを認めてしまった。朝日新聞の従軍慰安婦捏造記事に惑わされたからである。村山内閣では元慰安婦への対策としてアジア女性基金を設立、これが今年の七月に期限が来て解散となったが、これをきっかけとして再度アメリカ下院に提出されたのである。おりしも安部総理が訪米中であった。そして彼は訳の分からぬ釈明をし、事なかれ主義を貫いた。 日本人は良く「あ、うん」の呼吸とかで、玉虫色の表現法を使うのが好きな民族である。「和を持って尊し」とは聖徳太子、五箇条のご誓文以来の教えで、農耕民族特有の他人を気遣う気持ちから出ている。日本語は実に表現力の豊富な言語で日本人ならこれが納得出来る。ところで英語ではイエスとノーだけでその中間がない。どんなに親しい友人にもはっきり「ノー」と意思表示が出来る、これほど楽な言語はないのである。安部総理の釈明も英訳されたら、玉虫色が消え、イエスとなってしまう。玉虫色の理解出来ない相手にこの表現法をいくら説明しても無駄なのである。安部総理のコメントは日本人及び日本の国会議員向け、日本のマスコミが相手であり、訪米中であってアメリカ国民向け、上下議会議員、あるいは米国マスコミに向かっては日本人特有の意味ありげな発言で理解して貰おうと思っても無理なのである。
テーマ:オーストラリア
- ジャンル:海外情報
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140 マーケットオフィスとの闘い 1 |
突然マーケットオフィスから二ページの手紙が届いた。持ってきたのはブライアンというがっしりとした体格のセキュリティマンで、警察官を思わせる制服に身を包み、マーケットでは「私は治安の長だ」とのでかい態度をしている。ブライアンは手渡す時、私が先週土曜日に一日中、駐車違反をしたと言いながら、威圧的な目で睨んだ。おかしいなと思いながら手紙に書いてある私の車のレジナンバー(登録番号)を確かめてみると私の車ではなかった。早速その手紙を持って事務所へのり込んだ。マネージャーのジョンが出てきたが詫びの言葉すらなかった。 私たちストールホルダーはマーケット近くのパーキング場に駐車してはならないことになっている。お客さんの車を第一に考えているからで、日本ではそれはごく自然のことである。それでかなり離れた距離、歩いて五分程の草むらの中がストールホルダー専用の駐車場となっていて、いつもここまで車を持っていく。このようにお客さん優先の思考法はこのオーストラリアでは非常に珍しい。通常大病院とか医院、ゴルフ場とかの公共施設では医者とか幹部連中には職場から一番近い場所を与えられ、独占しているのが普通で、その場所には絶対駐車しないようにとのサインが貼られている。そしてその隣が身障者専用となっている。 このカラーラマーケットでは「何時行っても駐車場所がない」と、お客さんからいく度となく苦情があった。それでこのようになって、これが本来の客に対するサービス精神で、あたりまえのことである。そこでオフィスとしてストールホルダーに対し荷物の積み下ろし以外と3時まで駐車は厳禁、もし見つかれば200ドルの罰金を取ることにしたのである。そして車のナンバーをチェックする係りをわざわざ雇って徹底的にストールホルダーの番号調べをしたのだった。私たちに車のレジナンバーを確かめに来るのではなく、どのようにして調べたのか全く分からない。そんな簡単な調査では間違って当然といえる。 その二週間後にセキュリティのブライアンが又もマネージャーからの手紙を持ってやって来た。今回は私の車登録番号と一致していた。再び事務所へ苦情を言いに行くとマネージャーのジョンが奥から出てきた。そして先週の土曜日、私が車を一時頃に駐車していたというのであった。「それは3時過ぎの間違いで、その後、修理の品物を車に積み込み帰宅した。その時、3時40分頃であった」と言ったら、ジョンは手をブルブル震わせて怒り出した。彼がなぜそんなに怒り出すのか訳が分からない。「それは何かの間違いである。それを見たのは一体誰なのか?」と尋ねたがはっきり答えない。「とにかくそれを見た人物に会わせて欲しい」と言ってオフィスを後にした。「どうも先々週からおかしな事ばかりが起きる」と思いながらも、その原因は分からなかった。因みにお客の少ない時にはマーケット終了時間の午後4時以前に閉店する店舗は非常に多く、それが原因の苦情ではない。 次の日曜日、マネージャーのジョンとセキュリティのブライアンが私の店へやって来て、再び先週の一件を持ち出した。私はすっかり忘れていたのである。そしてブライアンが「わしが一時頃、あなたの車を見た」と言い出したのである。「それならどうして、その日のその時刻、私に注意を促しに来なかったのか?あなたはそれが仕事ではないのか」と言ったら、彼は何も答えなかった。 ジョンは興奮して手を振るい始めた。彼はパーキンソン病だと聞いたことがあったが、かなりひどい状態である。まだ私よりずっと若いのに残念なことだ。 「私には証人がある」と言って、二人を私が懇意にしている香料、キャンドル屋へと連れて行った。過去ブログでも紹介した姉妹、斜め向かいで店をやっているが、二人はタバコが好きで一時間ごとに外へ喫煙に行くが、たまたまその日、私が3時過ぎに駐車している現場を見ていたのであった。ところが彼女たち、ジョンとブライアンを連れて行くと、「私たちは知らない」と言い出したのである。蛇に睨まれた小動物とはこのことで、ここで私に味方をすると、後でジョンからどんな仕打ちをされるか分からないとの恐怖心が彼女たちの脳裏をよぎったのである。それでもうこれ以上彼女たちを巻き込むのを止めることにした。しかしこの一件については、私は決して譲らかった。ブライアンもマーケットの長であるジョンから頼み込まれ、仕方なく嘘をついたのである。 ちょうど一ヶ月前にこんな出来事があった。土曜の朝、何時ものようにガラージセール巡りを終え、マーケットに着いたのは午前8時前、駐車場のドライブウエイを進んでいると突然大型バンのタクシーが私の車の前方で右折、そしてそのドライバーは突然バンを停め、バス乗車係りと喋り出したのである。前方にはココスの木があって、私の車は完全に前後左右動けなくなってしまったのである。しばらく待ったが、おしゃべりは延々と続いたので、クラクションを鳴らして促したら、やっとバンを左に寄せた。この国では男女共おしゃべりを楽しむ人が多い。職人さんでも仕事をほったらかしておしゃべりをする。それが延々と続き、このタクシードライバーのようにトランス脂肪酸でいっぱい膨らんだお腹を抱え、息をするにもしんどそうな太った男に限って、人の事を全く気にしないのである。 以前、近くのショッピングセンターKマートで買い物をした時のことである。レジを待っていると私の番になってから突然責任者らしき中年女性がレジの女の子と話し出した。それが長すぎるので中年女性に言ってやった。「話は私を済ましてからにして欲しい。待っているのは私一人だ」と言ったら、彼女は私を睨み付けた。駄目でも、時には嫌われようが言わねばならないこともある。将来彼女はこの出来事を思い出すことだろう。私はそれで十分である。
テーマ:オーストラリア
- ジャンル:海外情報
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139 ボランティアワーク 2 |
習う方と教える方の立場は全く異なってくる。私は今まで学習する側ばかりで、いかにのんびりと習ってきたか、今回教える立場に廻って、これだけ精神的、身体的にも疲れるものとは思わなかった。おしゃべりの得意でない私が日本語ならまだしも、絞り出すようにして英語を話す説明法、しかもクライアントが傍にいれば、間を置かずにしゃべりっぱなしの状態となってしまうのだ。 赤十字オーストラリアオフィスは一般から一時間10ドルのパソコン受講料を取っている。それはインターネット接続料等、経費がかかるからだという。したがってこちらも気軽なボランティアワークではない。いい加減な教え方、手を抜いた教え方は出来ないのである。 オフィス兼教室には今のところパソコンが3台しか置かれていない。完全な個人レッスンなので、私を含め講師は4人だが、3時間連続でレッスンをしても9人が限界である。将来コンピューターの台数や授業日数が増える可能性もあるが、今は週に一度、火曜日だけのレッスンで、その他の曜日はこのオフィスをオーストラリア赤十字が別のボランティアワークでも使っているのである。 さてどのようにしてこの初心者パソコン教室を一般に広告しているのかを訊ねると、「ラジオ、新聞、チラシ等、ボランティア関連のメディアをフルに活用している」とのことである。そう言えば、ゴールドコーストに宗教関係の放送局があり、そこでたまたまロビーナタウンセンター赤十字パソコンレッスンの宣伝を聴いたことがあった。なにしろ今は週に9人のレッスンが限界なので、すでに数週間分のブッキングがあり、その日だけ講師は大忙しの状態となる。 通常の教育現場では一時間及び一時間半ごとに休憩をとる。しかしこの教室では休憩は一切ない。一人が終わると次が待っていて、区切りのよい所で切り上げねばならない、そのタイミングが非常に難しいのである。管理人の女性がそのキッカケを作ってくれ、クライアントに失礼とならないように終えることが肝心で、ちょっとしたことで気分を害され、次に来てくれなくなってしまう可能性があり、要注意である。 クライアンツは30歳過ぎから80歳代でそれより若い人は来ない。パソコンを始めようとしている人、又は始めたが今一理解出来ない人、使っていて途中分からない事が発生した時で、周囲に教えて貰える相手がいない場合である。私もパソコンを始めた頃、使えば使う程に質問が続出した経験がある。残念ながらそれに答えてくれる相手もいなかったので、だれかれかまわずに質問をした。でも聞くとうるさがられたり、分からないと怒り出す人もいたりして、これではいかんとウインドウズの本を買って、パソコン操作の基礎はほとんど独学で習得をした。しばらくしてTAFEのIT科に入学、そこで本格的な勉強を始めた。ところがコンピューター課程は非常に幅も広いし奥も深い。IT科ではサティフィケイト2から始まって3、4、それから二年間のディプロマコースに進み、その後は総合大学でバチュラー、博士課程へと学んでいくのだが、若くて有望視され、将来IBMとかHPとかの一流会社に入社する目的なら別だが、私の場合、還暦も近かったこともあり、IT2の取得でギブアップをしてしまった。したがって、MSオフィスでは10章、エクセルでは12章、アクセスでは10章まであるのだが、すべて5章までしかやっておらず、それよりハイレベルな質問をされても答えられない。この赤十字パソコンクラスにはそれより上級なクライアンツは来ないとは思うが、TAFEカレッジのIT科で使っていた分厚くて重いテキスト三冊を常時持ち歩いていて、それは格好だけなのである。 先週看護士の女性を教えた。年齢は40歳前後、大柄で太っていて私の倍近くの体重があり、かなりの威圧を感じた。家に娘のパソコンはあるが、まだ使ったことが無いとのこと、看護士として病院でパソコンを使いこなせないとは、一体どうなっているのか? ずいぶんと不自由であり同僚からは肩身の狭い思いをしていることであろう。 インターネットの使い方が知りたいというので、グーグルのサイトを出して検索エンジンの入力の方法を教えた。娘は生まれつき糖尿病でインスリンを打ち続けていて、薬の名前を検索すると多くの説明が出てきて、彼女はそれらをしきりに読んで満足している様子であった。 私も親から受け継いだ糖尿病であると告げると、彼女は突然職業意識に目覚めたのか、急に態度が大きくなって、看護士としての高所から、私を患者と見下し、説得を始めたのであった。終わりの時間が近づき管理者が声を掛けてくれなかったら、何時までも彼女の話を聞かされていただろう。そして彼女から「糖尿病に付いてずいぶん教えてあげた」と言われてしまったのである。 次のクライアントは80歳代の女性であった。何を習いたいのかを尋ねたがはっきりと答えない。たぶんパソコンを使ったことがないので、何を聞いて良いのかも分からないのだろうと、電源の入れ方から終了の仕方までを詳しく教え、マウスの動作方法を練習してもらった。マウスを左クリックすると突然上下左右に移動してしまう、プログラム欄の平行移動に困難を極め、その上下移動やら目的のプログラムをクリックするまで相当な時間がかかった。 次にゲームをやりたいと言い出したので、アクセサリーのゲーム欄からトランプを選んだ。私はトランプの遊び方は全く知らない。七並べとかババ抜きなら子供の頃やったので知っていたが、そんなゲームソフトはウインドウズには入っていない。彼女はトランプゲームについてかなりの知識があり、それに熱中してくれ、私として時間稼ぎが出来、助かったのだ。 日本のお年寄りなら80歳も過ぎればどうしても家に引き篭もってしまい、やがて孤独死とつながってしまう。西洋人は年齢を重ねれば重ねるほど戸外に出て行こうとする。裕福な家庭でなくても、彼らを受け入れるいろんな種類の設備が整っていて、まったく羨ましいかぎりの行政と言える。
テーマ:オーストラリア
- ジャンル:海外情報
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138 ボランティアワーク 1 |
三週前よりボランティアワークを始めた。毎週一回火曜日のみ、朝九時から午後一時までの四時間である。マーケットでの仕事は土、日のみ、平日の修理品もそんなに多くはない。コミュニティを広げる為、それで知らない社会、奉仕活動にも興味があった。今は健康にも恵まれているし、還暦は過ぎてしまったが、頭の方もまだまだ大丈夫だと思って参加した。 赤十字オーストラリアのボランティアでシニアの人たちへのコンピューターレッスンをすると言うか、今まで習ったスキルの伝達というか、本当に基本中の基本、ベーシックなパソコンの講師である。 私はTAFEカレッジでインフォメーションテクノロジーのサティフィケイト2を受講したのは四年前であった。過去ブログでも記述したが、興味のある方がいたら是非読んで欲しい。オーストラリアの研修校での出来事、学生のこと、先生のこと、或いは職員のことを赤裸々に書いたつもりである。そしてがつがつ勉強や仕事をしなくても、ここではいかにのんびりと暮らしていけるか、いかに恵まれた国であるかが分かるであろう。そのかわり無責任、他人任せで努力をしない人が多い。それでもなんとか不自由なく生活していけるのがこの国の特徴である。 さてボランティアをやっている赤十字オーストラリアのオフィスはロビーナタウンセンター内にある。今から二十年近く前にこのショッピングセンターが開発された。私の家の近くには以前働いていたデパート、マイヤーのある一大ショッピングコンプレックス、パシフィックフェァーショッピングセンターがあって、このロビーナタウンセンターからは、わずか10キロメートルの距離である。そこへ行くまでにも中型クラスのQスーパーショッピングセンターがあり、近くて便利なので、私はそこでも良く買い物をする。 ショッピングに行くにはたいてい車を使うから、10キロの距離などたいしたことではない。それよりも人口わずか455,473人のゴールドコーストには大きなショッピングセンターが乱立していて、お互いお客の獲得にしのぎを削っている。 ロビーナタウンセンターは中国人系デベロッパーによって開発された。海岸から西に入り込んだ過疎地だったが、駅が出来、人口が増えることを見越しての開発であった。スーパーマーケットはどこでも忙しい、でもデパートとなると違ってくる。パシフィックフェアーショッピングセンターには古くからデパート、マイヤーがあり、ロビーナタウンセンターにはもう出店の必要はない。そこでマイヤーの商売敵であるデパート、デイビットジョーンズを呼ぶことにしたのである。ところがオーストラリアではマイヤーよりもデイビットジョーンズの方に高級感があり、そのプライドたるは相当のものであった。デイビットジョーンズの独自の調査でも進出は時期尚早との結論が出た。ところがデベロッパーとしては何がなんでも有名店が来て欲しい。そこでデイビットジョーンズ側は条件を付けた。「もし家賃をずっと無料にするならば出店しても良い」となり、家主は「それで良いから」となったのである。 私も以前レストランをしていたから良く分かるが、どの店でも必要経費として家賃のしめる割合は相当なもの、だが、オープンすることで他の費用も大きくかかってくる。市からはレイツ、ショップのメイテナンス費、光熱費、その他諸々、それと一番大きいのは人件費で、やはり商品が相当売れないと維持していけないのだ。それにはデパートには広い売り場面積、良い立地条件が必要で、一流店との名声だけでは、人はなかなか集まって来ないのである。 このデパート、デイビットジョーンズの場所は賑やかな場所からかなり離れている。広い売り場面積の必要からそうなったのだと思うが、賑やかな通りの奥の奥、それも階段を下り、一段と低い地域のひっそりとした通りの一角にメインゲートがある。デイビットジョーンズの名声にあやかるつもりであろうか、メインゲートに入るまでの左右には豪華に内装された数々の店舗が建並んでいるが、客の姿はなく閑散と静まり返った異様な状態のエリアである。 その中の一つに赤十字オーストラリアの事務所がある。慈善団体であり、こんなひっそりとしたエリアなのでおそらく家賃は無料ではないかと思う。同じロケーション内でそこから少し離れた反対側の場所では広い売り場面積の空き店舗が数十件立ち並びゴーストタウン化している。どうしてこのような変な設計になったのか不思議でならない。水はいかなる場所でも隅々まで浸透していくように、人口密度の多い都市部だったらこのようなエリアでも賑やかなのだろうが、ゴールドコーストのような少ない人口密度の町に寄って集って大きなショッピングコンプレックス等の仕掛けをし、待ち構えている異様な状態だといえる。このショッピングセンターでは毎月店舗の入れ替わりが激しいと聞く。ランドロード(家主)としても空き店舗の維持費を補うために、繁華通りエリアからレントを高く取って、そのしわ寄せを補っているのだろう。 市当局としても、一般家屋の開発よりも、ショッピングセンターの方が市民税としてのレイツを高く徴収出来る。ビジネスの良し悪しなど知ったことではない。余程付近のショッピングセンターからとか住民が反対しないかぎり、施工を許可する。デベロッパーの方も数年したら売却するのが目的であり、大きなコンプレックスだから、売れば、かなり大きな利益が期待でき損はしないのである。


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